イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 記事は一日に一つアップしています。記事の見方ですが、例えば「ボルゲーゼ美術館の展示作品(その4)」は2017年10月20日にアップしました。各記事にカレンダーが表示されてますが、カレンダー上の2017年10月21日をクリックして頂ければ「ボルゲーゼ美術館の展示作品(その5)」になります。(その3)は2017年10月20日となります。 BY:シニョレッリ

カテゴリ:トスカーナ州 > カステルフィオレンティーノ再び

P1450990日が傾いてきました。


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丘上の旧市街を足の赴くままに。


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街角のタベルナコロ


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ホテルに戻ることにしました。


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この日は、これで終わりです。


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ホテル内の壁に掲げられていた絵です。


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暇潰しになりました。


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翌朝です。


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チェックアウト後、鉄道駅に向かいました。


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この日は曇り空。


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ポポロ広場


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Municipio


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サンティ・ロレンツォ・エ・レオナルド参事会教会


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Porta Fiorentina


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Porta Fiorentinaのフレスコ画


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Museo Benozzo Gozzoli


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駅に到着しました。次の目的地フィレンツェに向かいました。
(おわり)

P1450929サンティ・イッポリート・エ・ビアージョ教区教会の扉が開きました。


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教会内に入りました。


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洗礼式が行われていました。


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大人しい赤ちゃんで、水をかけられても笑っていました。


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洗礼式は日曜日の午後に行われることが多いように思います。


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洗礼式が終わりました。


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記念撮影です。


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単廊式、ロマネスク様式の内部です。


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右側壁


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天井


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主祭壇と後陣


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14世紀の木彫りの磔刑像


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礼拝堂の祭壇画は、チマブーエの「聖母子」(コピー画)です。


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本物は、現在、サンタ・ヴェルディアーナ美術館にありますが、元はこの教区教会にありました。美術館の開館に合わせて移されたのです。


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詳細不知


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洗礼盤の上にフレスコ画があるニッチがあります。


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逸名画家作「死せるキリスト」(1428)


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ニッチの左側壁に描かれた逸名画家作「聖ピエトロ・マルティーレ」(1429)


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ニッチの右側壁に描かれた逸名画家作「聖イッポリート」(1428)


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教会内にいたのは尼僧一人と私だけになりました。


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サンタ・ヴェルディアーナ美術館の開館以前には、幾つかの重要な作品がありました。


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外に出ました。


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サンティ・イッポリート・エ・ビアージョ教区教会を見て、カステルフィオレンティーノの見所は大体見終わったようです。


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サンティ・イッポリート・エ・ビアージョ教区教会のファサード前からの眺め


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サンティ・ロレンツォ・エ・レオナルド参事会教会の鐘楼とクーポラ


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下に下ります。


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特にやることがありません。


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街中をぶらぶら歩きします。


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教会だった建物のようですが、詳しいことが分かりません。


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一泊すると時間が余ってしまいますが、日帰りでは大変そうな街です。


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同じ道を歩いては詰まらないので、出来るだけ違った道を歩きました。


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城壁沿いの道


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注目に値するものがありません。


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見覚えのあるアーチです。


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アーチを潜るとポポロ広場に出ます。


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サンティ・ロレンツォ・エ・レオナルド参事会教会の左側壁前に出ました。


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ポポロ広場


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サンティ・ロレンツォ・エ・レオナルド参事会教会の扉が閉まっていました。
(つづく)

P1450907お馬の親子は仲良しこよし


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お腹一杯になりました。


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昼食を切り上げます。


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部屋に戻って昼寝です。


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ホテルの部屋からの眺め


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ホテルの部屋にあったフィレンツェの絵


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このままホテルにいても詰まらない。


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夕食の準備が行われていました。


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サン・ピエトロ・ア・ピサンゴリ教会の扉が閉まったままでした。


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ヴェッキオ城に行きます。


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ホテルの庭


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写真右にホテルがあります。


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ヴェッキオ城は、サンティ・イッポリート・エ・ビアージョ教区教会の奥にあります。


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教区教会に向かう道路からの景観


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放牧中の馬の親子


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先ずは教区教会です。


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新市街


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教区教会は旧市街の最高地に建ってます。


1000
サンティ・イッポリート・エ・ビアージョ教区教会です。


1001
ヴェッキオ城内に設けられた礼拝堂が前身です。


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ヴェッキオ城内の敷地に、城の建物の横に教会が建設されることになり、11世紀頃に創建されました。
1195年に文書に、この教会の存在が初めて記載されました。1204年に文書にも教会の存在が記録されているそうですが、城主がこの教会を所有していました。


1002
1326年、教会はConfraternita della Misericordiaに譲渡され、同同信会によって運営されるようになり、修道院が併設されました。(写真右の建物が修道院です)


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1739年から1743年にかけて行われた工事によってバロック様式に改造されましたが、1936年に元の姿に復元されました。


1003
1253年に完成した鐘楼


1004
ファサードの入り口扉上ルネッタです。


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ルネッタ上に描かれたフレスコ画


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日光と風に晒されて劣化が著しいフレスコ画ですが、多分「聖母子と二聖人(聖イッポリートと聖ビアージョ)」でしょう。


1005
ファサードの窓


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修道院の扉が開いていましたが、教会の扉が閉まっていました。この日の午後、教会が開くとホテルから聞いていたので、教会の扉が開くのを待ちました。
その間、ヴェッキオ城を見ます。


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ヴェッキオ城です。16世紀に破壊された城の遺跡です。


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この場所に初めて城を築いたのはローマ軍です。
1521年、スペイン軍に破壊されてしまいました。その後、フィレンツェのメディチ家は、城の復興を望まず、破壊された残骸だけが残されました。


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二本の塔と僅かな城壁しか残されていません。


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ヴェッキオ城址から見た参事会教会の鐘楼
(つづく)

P1450842坂下の突き当りに教会があります。


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サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ祈祷所の扉が閉まっていました。


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ニャーゴがいました。


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参事会教会の横を進みます。


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ポポロ広場を通り過ぎました。


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車の上にニャーゴがいました。


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ナデナデしたら、喜んでいました。


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街角の聖母子


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ホテルに向かいます。


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ニャーゴが多い街です。


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城壁沿いの道を進みます。


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城壁沿いの道からの景観


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サン・ピエトロ・ア・ピサンゴリ教会です。


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ホテルに戻りました。


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丘上のテラス席での昼食です。


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テラス席からの景観


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このホテル・レストランの自家製ワインです。


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お馬の親子が放牧されていました。


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仲良しでした。


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要塞が見えました。


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他のお客がいなくなりました。


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教会も席から見えます。


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ニャーゴが食べたそうに近付いてきました。


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(つづく)

P1450836丘上の旧市街です。


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昼食を食べるためにホテルに戻ります。この時、フルボード(一泊三食)のホテルでした。


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参事会教会が開いていれば、昼食の前に参事会教会の拝観をしたいと思っていました。


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突き当りにサンティ・ロレンツォ・エ・レオナルド参事会教会がありますが、どうやら扉が開いているようです。


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Municipio


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日曜日なので、市役所は休みです。


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カステルフィオレンティーノのドゥオーモに相当しますが、地元ではドゥオーモとは呼ばれていないようです。


1029
12世紀中頃に建設されたとされているロマネスク様式のサン・レオナルド教会が前身です。12世紀後半に聖レオナルドに奉献されたコムーネ所有の教会でした。
1219年の文書に、この教会の存在が初めて記録されたそうです。


1030
1313年8月10日の聖ロレンツォの日に、カステルフィオレンティーノ軍がルクセンブルグのエンリコ7世(1275-1313)が率いる軍に勝利したことから、奉じる聖人に聖ロレンツォが加わることになり、教会名が現称に変更されたのです。
1502年、コムーネ所有の教会は、サンティ・イッポリート・エ・ビアージョ教区教会に買収されました。


P1450989
1697年、建物の増築と改造が決定され、1706年から1711年にかけて工事が行われ、建物は拡大されると共にバロック様式に改造されました。
1923年に外観の改修工事が行われ、元のロマネスク様式に戻されました。
1944年、第二次世界大戦によって爆撃を受け屋根が崩落してしまいました。戦後に修復工事が行われ、1954年に工事が完了しましたが、現在の姿はこの工事完了後のものです。


1031
1308年に建設された鐘楼


1035
18世紀に改修され、現在の姿になった鐘楼


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左側壁


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坂に対応して建物が建設されてます。


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鐘楼とクーポラ


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18世紀に追加されたクーポラ


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クーポラの先端


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ファサードの入り口扉上ルネッタに描かれたフレスコ画
日光と風雨に晒されて何が描かれているか、良く分かりません。


1038
十字架があります。


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シンプルな造りの単廊式の内部です。


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後陣


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聖職者席


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主祭壇


1044
クーポラ


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ジョヴァンニ・ピサーノ(ピサ、1250c-シエナ、1315c)に帰属する「磔刑像」


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ジョヴァンニ・カミッロ・サグレスターニ(フィレンツェ、1660-1731)の「聖ヴェルディアーナ生涯の物語」(1711c)


1049
ジョヴァンニ・カミッロ・サグレスターニ(フィレンツェ、1660-1731)の「聖ベルディアーナの生涯の物語」(1711c)


1050
フィレンツェ派逸名画家による「天上のキリストと三聖人」(18世紀初め)


1051
アンドレア・ボスコーリ(フィレンツェ、1560c-1607)の「天上の聖母子と二聖人」


1052
ジョヴァンニ・カミッロ・サグレスターニ(フィレンツェ、1660-1731)の「聖ベルディアーナの生涯の物語」(1711c)


1054
ジョヴァンニ・カミッロ・サグレスターニ(フィレンツェ、1660-1731)の「聖ベルディアーナの生涯の物語」(1711c)


1055
ジョヴァンニ・カミッロ・サグレスターニ(フィレンツェ、1660-1731)の「聖ベルディアーナの生涯の物語」(1711c)


1056
ジョヴァンニ・カミッロ・サグレスターニ(フィレンツェ、1660-1731)の「聖ベルディアーナの生涯の物語」(1711c)


1057
ジョヴァンニ・カミッロ・サグレスターニ(フィレンツェ、1660-1731)の「聖ベルディアーナの生涯の物語」(1711c)


1058
ジョヴァンニ・カミッロ・サグレスターニ(フィレンツェ、1660-1731)の「聖ベルディアーナの生涯の物語」(1711c)


1059
ジョヴァンニ・カミッロ・サグレスターニ(フィレンツェ、1660-1731)の「聖ベルディアーナの生涯の物語」(1711c)


P1450845
(つづく)

P1450773チェンニ・ディ・フランチェスコ(フィレンツェ、1369-1415)のフレスコ画断片(1400-10c)


1017
受胎告知の一部


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チェンニ・ディ・フランチェスコ(フィレンツェ、1369-1415)の「マエスタと聖人たち」(1400-10c)


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チェンニ・ディ・フランチェスコ(フィレンツェ、1369-1415)のシノピエ(フレスコ画の下絵)(1400-10c)


1021


P1450803
チェンニ・ディ・フランチェスコ(フィレンツェ、1369-1415)のシノピエ(1400-10c)


1022


P1450810
チェンニ・ディ・フランチェスコ(フィレンツェ、1369-1415)のフレスコ画(1400-10c)


P1450812


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大体見終わりました。


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外に出ます。


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外に出ました。


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見所豊富な教会でした。


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午前中にやるべきことは大体終わりました。


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参事会教会が閉まっていたのが残念でした。


P1450706
フルボードのホテルなので、昼食を食べるためにホテルに戻る必要があります。


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昼食は、オーダーが正午から午後2時までで、給仕は午後3時までと聞いていました。


P1450710
時計は故障中


P1450823
イタリアの時計表示はマチマチです。


P1450824
鉄道駅の方に向かいます。


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ブラブラ歩いて、時間潰しです。


P1450826
この道の先に鉄道駅があります。


P1450827
Museo Benozzo Gozzoliがある通りです。


P1450828
駅舎


P1450829


P1450831
ポポロ広場です。


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Teatro del Popolo


P1450832
ポポロ広場から見たカステルフィオレンティーノ駅


P1450833
丘上に戻ります。


P1450834
Porta Fiorentina


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門を潜って旧市街に入りました。
(つづく)

P1450736ジョヴァンニ・デル・ビオンド(プラートヴェッキオ、1356-フィレンツェ、1399)の「聖パオロの斬首」


1005


P1450737


P1450739
アゴスティーノ・ヴェラチーニ(フィレンツェ、1689-1762)とピエトロ・アンデルリーニ(フィレンツェ、1687-1755)によって制作されたフレスコ画


P1450742
フィレンツェの逸名画家作「パドヴァの聖アントニオと二聖女」(17世紀)


P1450744
アゴスティーノ・ヴェラチーニ(フィレンツェ、1689-1762)とピエトロ・アンデルリーニ(フィレンツェ、1687-1755)のフレスコ画


P1450747
アゴスティーノ・ヴェラチーニ(フィレンツェ、1689-1762)とピエトロ・アンデルリーニ(フィレンツェ、1687-1755)のフレスコ画


P1450748
フィレンツェ派逸名画家によるフレスコ画断片(15世紀)


P1450749
フィレンツェ派逸名画家によるフレスコ画断片(15世紀)


1007
碑文


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主祭壇前から見たカウンターファサード


P1450753
フィレンツェ派逸名画家による「三聖人」(15世紀)


P1450756
詳細不知


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アゴスティーノ・ヴェラチーニ(フィレンツェ、1689-1762)とピエトロ・アンデルリーニ(フィレンツェ、1687-1755)
この部分だけ未完成に終わりました。


P1450759
アゴスティーノ・ヴェラチーニ(フィレンツェ、1689-1762)とピエトロ・アンデルリーニ(フィレンツェ、1687-1755)のフレスコ画


P1450761
アゴスティーノ・ヴェラチーニ(フィレンツェ、1689-1762)とピエトロ・アンデルリーニ(フィレンツェ、1687-1755)のフレスコ画


P1450763
逸名画家作「聖ジュゼッペの死」(16世紀)


P1450766
逸名画家作「受胎告知」(17世紀)


P1450768
制作者不詳の「磔刑像」(14-15世紀)


1015


P1450769
詳細不知


1016
主祭壇


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オルガンを見ます。


1008
16世紀に制作されたオルガン


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アゴスティーノ・ヴェラチーニ(フィレンツェ、1689-1762)とピエトロ・アンデルリーニ(フィレンツェ、1687-1755)のフレスコ画


1009


1010


P1450777
詳細不知


P1450781
詳細不知


P1450786
フィレンツェ派逸名画家作「幼きキリストへの崇拝」(17世紀)


P1450790
詳細不知


P1450797
コジモ・ダッディ(フィレンツェ、1575から記録―ヴォルテッラ、1630没)の「聖人たち」(16世紀)


1014


P1450799
アゴスティーノ・ヴェラチーニ(フィレンツェ、1689-1762)とピエトロ・アンデルリーニ(フィレンツェ、1687-1755)のフレスコ画


P1450804
アゴスティーノ・ヴェラチーニ(フィレンツェ、1689-1762)とピエトロ・アンデルリーニ(フィレンツェ、1687-1755)のフレスコ画


P1450808
タッデオ・ガッディ(フィレンツェ、1290-1366)の「玉座の聖母子」(1310-20c)


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1013


P1450814
アゴスティーノ・ヴェラチーニ(フィレンツェ、1689-1762)とピエトロ・アンデルリーニフィレンツェ、1687-1755)のフレスコ画
(つづく)

P2290117サンタ・ヴェルディアーナ教会から外に出ました。


P2290119
次はサン・フランチェスコ教会です。


P2290121
サン・フランチェスコ教会のファサード


P2290127
1217年、聖フランチェスコ(アッシジ、1181/1182-1226)は、ヴァルデルザ(エルザ川の谷)地区を訪れ、多くの信者に共感と感銘を与えました。
それを受けて、フランチェスコ会修道士によって、現在地に修道院が建設されました。
1278年の文書に、サン・フランチェスコ修道院の複合施設(教会を含む)の存在が初めて記載されたそうです。


P2290122
サンタ・ヴェルディアーナ教会の鐘楼が見えます。


P2290125
中はミサ中でした。もう直ぐ聖体拝領の時間になりそうだったので、外に出てミサが終わるのを待ちました。


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私がミサに出た限りでは、ミサの最後に聖体拝領が行われます。


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信者たちが外に出てきました。ミサが終わったようです。


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外観は、ロマネスクとゴシックの折衷様式です。


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後陣


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左側壁


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左側壁


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右側壁の後陣横に修道院だった建物がありますが、この時は修復工事中でした。


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鐘楼


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ファサードに紋章があります。


P2290123
ファサードの紋章


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この町の貴族や有力者たちの紋章です。


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教会内に入りました。


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現在の内部構造は、1600年に行われた改造後のもので、創建時とは少し異なるようです。


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18世紀に行われた改修の際、バロック様式に改修されました。


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基本構造は、創建時のロマネスク・ゴシック様式を維持しているそうです。


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主祭壇


P1450718
後陣のフレスコ画は、1721年にアゴスティーノ・ヴェラチーニ(フィレンツェ、1689-1762)とピエトロ・アンデルリーニ(フィレンツェ、1687-1755)によって描かれました。


P1450719
誰の墓なのか知りません。


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祭壇の前装飾


P1450721


P1450723
アゴスティーノ・ヴェラチーニ(フィレンツェ、1689-1762)とピエトロ・アンデルリーニ(フィレンツェ、1687-1755)によって制作されたクーポラのフレスコ画「聖母戴冠」


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「復活したキリスト」


P1450726
「プットたち」


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「ご誕生」


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古いフレスコ画が残されてます。


1000
ジョヴァンニ・デル・ビオンド(プラートヴェッキオ、1356-フィレンツェ、1399)の「聖フランチェスコの物語(聖フランチェスコの死)」


1002


1006


P1450730
ジョヴァンニ・デル・ビオンド(プラートヴェッキオ、1356-フィレンツェ、1399)の「聖フランチェスコの物語(聖痕を受ける聖フランチェスコ)」


1001


P1450731


P1450732
アゴスティーノ・ヴェラチーニ(フィレンツェ、1689-1762)とピエトロ・アンデルリーニ(フィレンツェ、1687-1755)のフレスコ画


P1450734
前の写真の下にあるフレスコ画です。


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ジョヴァンニ・デル・ビオンド(プラートヴェッキオ、1356-フィレンツェ、1399)の「聖ピエトロの逆さ磔」


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(つづく)

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行進用十字架(15世紀前半)


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行進用十字架の裏面


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美術館から外に出ました。


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次はサンタ・ヴェルディアーナ教会です。聖域になっており、教区教会でもあります。


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カステルフィオレンティーノの守護聖人聖ヴェルディアーナを奉る教会として、ジョヴァンニ・バッティスタ・フォッジーニ(フィレンツェ、1652-1725)の設計によって、18世紀初めに建設されたバロック様式の教会です。


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貴族の娘聖ヴェルディアーナ(カステルフィオレンティーノ、1182-1242)は、1221年にアッシジの聖フランチェスコと出会い、衝撃的な感化を受け、現在の場所にあったサンタントニオ・アバーテ礼拝堂で34年に及ぶ苦行を行うと共に、地元の貧しい人々を援助しました。その礼拝堂は朽ち果てており、二匹の毒蛇が住んでいましたが、それらと共に苦行したと言われてます。
その礼拝堂の廃墟の上に建設された教会です。


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1771年に建設されたファサードは、ベルナルド・ファラーニ(フィレンツェ、1739-1806)の設計です。


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左側壁外観


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鐘楼は1805年に建設されました。


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イグナツィオ・ミエルトのテラコッタ製彫像がファサード上部にあります。


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ファサード下に柱廊が1778年に追加されました。


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ファサード下の柱廊


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柱廊を見ます。


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柱廊天井に描かれたフレスコ画


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教会内部


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三廊式、ラテン十字形、バロック様式の内部です。


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天井にフレスコ画があります。


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アレッサンドロ・ゲラルディーニ(フィレンツェ、1655-リヴォルノ、1727)によって1708年に制作された天井フレスコ画


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聖ヴェルディアーナ


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主祭壇画は、ジョヴァンニ・バッティスタ・グイド―ニ(16-17世紀、ローマ、フィレンツェで活動)の「聖ヴェルディアーナの祝福」


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主祭壇


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ヤコポ・キメンティ・ダ・エンポリ(フィレンツェ、1551-1640)の「聖母被昇天と聖ヴェルディアーナと聖アントニオ・アバーテ」(1600)


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アレッサンドロ・ゲラルディーニが手を加えたそうです。


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オラツィオ・フィダーニ(フィレンツェ、1610-1656)の「聖痕を受ける聖フランチェスコ」(1644)


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シモーネ・ピニョーニ(フィレンツェ、1611-1698)の「ヴィッラノーヴァの聖トンマーゾの施し」


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アゴスティーノ・ヴェラチーニ(フィレンツェ、1689-1762)によって、1716年に制作されたクーポラのフレスコ画


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(つづく)

P1450631ピアネータ(祭服)の展示です。


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クリストファノ・デル・アルティッシモ(フィレンツェ、1525-1605)の領域(Ambito)の「ピエトロ・ベンボ枢機卿の肖像」


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(つづく)

P1450585この作品は、メインパネルと裾絵の制作者が異なります。制作された時代も大きく異なります。


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メインパネルは、フランチェスコ・グラナッチの作品です。


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裾絵は、アンニーバレ・ガッティによって描かれました。


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「玉座の聖母子と聖セバスティアーノとアッシジの聖フランチェスコ」


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聖セバスティアーノ


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受胎告知


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聖フランチェスコ


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ご訪問と二聖人


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アレッソ・ディ・ベノッツォ別称アレッソ・ゴッツォーリは、ベノッツォ・ゴッツォーリの息子です。


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聖ヤコポ(左)と聖ステファノ(右)


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「受胎告知」です。


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詳細不明(作品説明板がありません)


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祭服の展示です。


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この種の展示は、Museo Diocesanoの定番です。


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ピアネータ(祭服)(1730-50c)


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ピアネータ(祭服)(1750-60c)


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(つづく)

P1450538聖母子の彫刻


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ベネデット・ダ・マイアーノ作品のコピー彫刻です。


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ビッチ・ディ・ロレンツォの領域の逸名画家による作品です。


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作品の説明表示板の写真を掲載するのは、私が主観的に作品帰属を言っていないという証拠を示すためです。
また、説明表示板の写真は、私が現地に行っていることの証明になります。何故なら、美術館のこのような説明板を掲載しているサイトを見たことがないので。
実際に作品の前に立って、作品を見ていないにも拘らず、あれこれ美術論を言っている人がいるように思います。


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ロッゼッロ・ディ・ヤコポ・フランキの作品


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画面が光るので、別角度から撮ってみました。


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余り変わりません。


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(つづく)

P1450493次は交唱聖歌集です。


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全部手描きです。


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14世紀前半に制作されました。


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Antifonario


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シエナ派逸名画家作「聖母子」


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チマブーエの傑作


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これを見るためにカステルフィオレンティーノに来ると言っても過言ではありません。


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ヤコポ・デル・カゼンティーノの「三聖人」


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アレッサンドリアの聖カテリーナ


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聖ヤコポ


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聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ


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チェンニ・ディ・フランチェスコのフレスコ画


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(つづく)

P1450467次はサンタ・ヴェルディアーナ美術館です。


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ボーとして歩いていたら、美術館の方角と逆方向に進んでいました。


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ポポロ広場に出てしまいました。


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ポポロ広場の上に旧市街があります。


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先ほど歩いてきた道を逆戻りします。


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サン・フランチェスコ教会の方に進みます。


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この町の美術的な見所は、日曜日の午前中が勝負なので、道を間違えて焦りました。


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サン・フランチェスコ教会です。


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サン・フランチェスコ教会の拝観は後回しにします。


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サン・フランチェスコ教会を左に見ながら、進みます。


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秋の好天気の日曜日


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サンタ・ヴェルディアーナ教会の鐘楼が見えてます。


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サンタ・ヴェルディアーナ広場です。広場の先に建っているのはサンタ・ヴェルディアーナ教会です。


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Santuarioになってます。


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教会の拝観は後回し。


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聖域の建物の一部が美術館になってます。


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ファサード下に柱廊がありますが、柱廊の右端に美術館の入り口があります。


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1999年に開館した美術館では、カステルフィオレンティーノとその周辺の教会から集められた作品が展示されてます。その実態はMuseo Diocesanoです。
この美術館に付いては既に取り上げました。


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入館しました。


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タッデオ・ガッディ(フィレンツェ、1290c-1366)の「聖母子と四聖人」


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聖母子


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聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタと聖ジョヴァンニ・バッティスタ


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聖ザノービと聖ヤコポ


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「聖ヴェルディアーナ」


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アトリビュートは蛇です。


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彩色磔刑像


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(つづく)

P1450418引き続きMuseo Benozzo Gozzoliです。


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次はTabernacolo della Vsitazioneです。


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タベルナコロの高さが高いことが分かります。


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聖ジョアッキーノと聖アンナの邂逅


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聖ジョアッキーノの追放


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聖ジョアッキーノの追放


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受胎告知する大天使ガブリエーレ


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父なる神


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受胎告知を受ける聖母


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聖ジョアッキーノと聖アンナの邂逅


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シノピエ


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聖母の誕生


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外に出ました。


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(つづく)

P1450386Porta Fiorentinaを潜って城壁外に出ました。


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Porta Fiorentinaの時計が故障中でした。この時の時刻は午前10時頃でした。


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Porta Fiorentinaに描かれたカステルフィオレンティーノの紋章


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Museo BEGOに向かいます。


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左折すると教会がありますが、その後ろにMuseo BEGOがあります。


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写真左端にMuseo BEGOの建物が写ってます。
教会は、Oratorio di San Carlo Borromeoです。別の場所にありましたが、19世紀末に建物が建てられ、1885年に移転してきました。
現在は、宗教活動が停止され、Propositura di Santa Verdianaが所有する展示場になってます。美術関係の展示が良く開催されているようです。


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Museo Benozzo Gozzoli、略してMuseo BEGOです。


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この町の郊外に、2つのタベルナコロがあります。その内部の壁にベノッツォ・ゴッツォーリ、その息子などによって描かれたフレスコ画があったのですが、経時劣化を防ぎながら、それらのフレスコ画を安全に収容し保存して、一般展示するために20世紀に初頭に建設された建物です。


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Museoは、2009年1月30日に開館されました。
この美術館に付いては、既に取り上げました。そちらを併せてご参照頂けると幸いです。


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Tabernacolo della Vsitazioneです。
この内部の壁に「ご訪問」のフレスコ画がありました。剥離されて、現在はこの美術館に移転、展示されてます。


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Tabernacolo della della Tosseです。


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入館します。


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ロビーにあるベノッツォ・ゴッツォーリの彫像です。
ベノッツォ・ゴッツォーリ(スカンディッチ、1420-ピストイア、1497)は、ヴァザーリに拠ればベアート・アンジェリコの弟子とされて、弟子説が流布してますが、ベアート・アンジェリコに多くを学んだものの、ベアート・アンジェリコの協力者だったという説が有力視されているようです。


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初めは、Tabernacolo della della Tosseのフレスコ画です。


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聖母子と四聖人


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聖母の死


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聖母被昇天


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人間の人形が置かれ、タベルナコロの大体の大きさが分かるようになってます。


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(つづく)

P1450340前泊地はチェルタルドでした。


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この日の朝のチェルタルドは濃霧でした。フニコラーレに乗り下に向かいました。


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下はそれ程の霧ではなかった。


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宿泊したホテルは霧の中でした。


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チェルタルドの鉄道駅に向かいます。


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駅舎


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チェルタルドの次の停車駅がカステルフィオレンティーノです。


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わずか数分でカステルフィオレンティーノ駅に到着しました。


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カステルフィオレンティーノの駅舎


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駅前広場です。この日のお宿に向かいます。


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この日のお宿です。
城壁外の町はずれの高い場所にあります。重い大きな荷物を引っ張って、ここまで登るのが大変で、途中の写真がありません。着いた時には汗だらけ。
このお宿は、レストランが主なので、一泊三食のフルボードにしました。この日は日曜日だったので、昼食がメインで、夕食が簡単と予め伝えられていました。


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町歩きに出発しました。
カステルフィオレンティーノは、人口17,437人(2021年7月31日現在)のトスカーナ州フィレンツェ県にあるコムーネです。
美術好きにとっては、見逃せない町です。


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写真右下に旧市街があります。


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丘下に新市街があります。


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教区教会に向かいます。


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サンティ・イッポリート・エ・ビアージョ教区教会です。


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この場所の横に、今は廃墟となった城がありました。その城を囲んで町が造成され、この町で最古の教区教会として建設されました。


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ファサードのフレスコ画


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日曜日のミサが行われていたので、拝観は午後にすることにしました。


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参事会教会の鐘楼です。


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辺りを見下ろす丘上にある教会なので、サン・ピエトロ・ア・ピサンゴリ教会が見えました。


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遠く見えるのは、Chiesa e Monastero della Marcaでしょうか?


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現在の旧市街に向かいます。


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道を下ります。


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先ほど、重い大きな荷物を引っ張りながら登った坂道です。


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この道を歩いてホテルに向かうのが大変だったので、ホテルに向かう時の写真は一枚もありません。


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道の突き当りが広場になります。


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町の中心、ポポロ広場です。


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写真左が参事会教会です。


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Palazzo Comunale、Municipioです。


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Collegiata dei Santi Lorenzo e Leonardoです。


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現在、この町で最上位の教会ですが、ドゥオーモと呼ばれていないようです。


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日曜日の午前中にも拘らず、扉が閉まっていました。


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日曜日の朝は、ミサが行われるのが普通です。


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先を急ぎます。


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道を下ります。


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Porta Fiorentina


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門のフレスコ画


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振り返ってポポロ広場方向の写真を撮りました。


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門を潜りました。
(つづく)

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